膝枕 〜その二 (お侍 拍手お礼の二十)

         *お母様と一緒シリーズ

 

バラエティ系のトークか何かで耳にしたのが、
よほどに嫋やかな女性の膝ででもない限り、
そこへ頭だけ載せて眠るのは、
実はたいそう寝にくくて大変だというご意見でして。
膝枕というものを構えると、まずは正座しているのが基本形。
となると、これは成程結構な高さになるし、
結構な高さにならないほどのほっそりとした人にさせようとなると、
今度は…何分保つのだろうかという点が危ぶまれ、
おちおち寝てなんかいられないと思われ。
では、足を延ばしていただけば?という妥協案もまた、
これだと案外腰がきつくて、
背凭れでもない限り、同じ姿勢でそうそう長くはいられないのだとか。
大人でそれだとすると、
子供の小さな肩幅ではもっと大変なんじゃなかろうかと思うところだが、
あにはからんや。
子供の場合は、もっと別な膝枕があったりするので、
お母さんのお膝は、やはり永遠の揺り籠、なのだったりする。




            ◇



特に御用はなかったが、逆に言えば伝言でもないかしらと、
新しいボルトの仕様を作業場まで伝えに来たその帰り、
通りすがった詰め所前で立ち止まると、
何とはなしにその足を中へと運んだ工兵さんだったが、

  「…おや。」

いつもの構図にちょっとだけ、
いつもよりも暖かいおまけが加わっていたものだから。
片方だけ瞠目し、そのまま“くすすvv”と微笑ったヘイハチ殿。
西に向いた連子窓から射し入る陽がまだまだ屋内を明るく満たすそんな中、
広々とした土間の中央に、高い段差を取った板張りの居室があって。
長く空家だったとは思えない、暖かな光景が広がっている。
炭を熾した囲炉裏端の、向こう側には白い衣紋の惣領様が座していて、
その横手に当たる辺に向き、
明かり取りからの陽光を受けつつ座してたお方のそのお膝に、
ふわふかな毛並みをした金の猫様がいたりして。

  “お珍しいですね、ここでのお昼寝とは。”

声は出さずの唇だけを動かせば、カンベエ殿がくすりと短く笑い、
その惣領殿が掛けてやったのだろう、薄い上掛けの肩口を直してやりつつ、
長身の槍使い殿が少しばかり眉を下げて、やはりの苦笑を口許へと浮かべる。
これは後で、それもコマチ殿から聞いた話だが、
何でも村の年寄りが誤って杖を河瀬へ落としてしまったらしくって。
あれよと言う間に流されてゆくのを、
通りすがりのキュウゾウ殿が拾い上げて下さったまでは良かったが、

 『あの長いお洋服の裾がびちょびちょになってしまって。』

思いの外 深みだったのに、目測を誤ったらしく。
当人は放って置けば乾くと思ったらしかったが、
それでは気が済みませんと婆様に押し切られ、
じゃあ、囲炉裏端で乾かせばいいですと、コマチ殿が妥協案を出してのこの運び。
話を一通り聞いたシチロージが、

 『ちゃんと乾かしてからじゃないと、
  何処であのお婆さんやコマチ殿が見ているか知れませんよ?』

というクギを刺し、
すっかり乾くまで此処にいなさいと、
上着を取り上げて引き留めたそのついで。
身を乗り出した折にでもくっつけたか、
髪に絡まっていた枯れた茂みの細かい枝を取ってあげるからと、
お膝に頭を預かって、痛くないよう少しずつ、
そぉっとそぉっとかかっていたら、

  “…いつの間にやら眠ってしまったと。”

首だけを置くような格好の膝枕だと、
大人の腿の厚さ高さでは、
どうしても長時間はじっとしていられないキツさとなるものだが。
胸ごと乗り上がっての腰やお膝を抱え込み…という態勢ならば、
これが案外と安定も良くての、熟睡出来るものならしくて。

  「………。」

耳を澄ませば くうすうと、
それは穏やかな寝息の響きが、炭のはぜる間に間に聞こえて来。
よほどに温みが心地いいのか、
すぐの間際へ外した刀の、鞘へと触れてたらしき手が、
今は両方、おっ母様のお膝に回っているぞ、次男坊。

  “これだとて、少しは胸が苦しい寝方でしょうにね。”

まま、そんな贅沢を言っていてはいられぬ戦さ場で、
敵襲を警戒しながら幾夜も過ごしたことを思えば。
大好きな匂いと温みと存在とにくるまれての午睡、
どんな夜具より寝間より、秀逸絶品の寝心地ではあるまいか。

  “長居は野暮でございましょうねvv”

思いがけず珍しいものを拝ませていただきましたと、
再び“くすりvv”と微笑ったヘイハチ殿。
心和ませ、持ち場へ戻る。

  “そうだ、ゴロさんにも話して差し上げよう。”

こんな眼福、見逃す手はないからと、
急に足早になった工兵さんだが、はてさて間に合いますかどうか。
それまでどうか、起きないで下さいませね?と、
誰へのものだか、妙なお祈りをしちゃったヘイハチ殿だったそうで。
相変わらずにまだまだ平和な神無村みたいです。
(苦笑)





  〜Fine〜  07.4.05.


  *ほのぼのしたお話にするつもりで書いた添い寝話が、
   思いの外、シリアスな方向へ逸れてしまったので。
   仕切り直してみたらば…相変わらずなお人たちです、ホンマにvv


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